オンライン・シンポジウム「ことば・認知・インタラクション9」


「ことば・認知・インタラクション9」


趣旨

会話は、ことばと認知とインタラクションが出会う場です。私たちのプロジェクトでは、言語学・心理学・会話分析・認知科学・情報工学など、さまざまなアプローチから会話や話し言葉の諸現象に関する研究を行なっています。今回は2013年から数えて9回目の開催となります。今回は、会話分析の分野で長年国際的に活躍されている田中博子先生と、アフリカ農耕民から宇宙人まで多岐にわたる相互行為を考察されている木村大治先生を招待講演にお招きし、みなさんと共に議論する場を設けました。多くの方の参加をお待ちしております。


招待講演1

  • タイトル:物語りにおける「が」の働き:会話分析からの考察
  • 講師:田中博子(元エセックス大学)
  • 発表資料: LCI2021_Tanaka
  • 要旨:日常会話の物語連鎖 (storytelling sequence) において、語りに現れる主格助詞「が」の働きを、会話分析の手法を用いて検証する。会話データを見ると、物語の開始部、背景説明、進展部分、クライマックスやオチなど、様々な段階で「が」が随時産出される。本報告では、[名詞句 +「が」+ 述語]という基本的な構造の中で現れる「が」に焦点を当て、物語の語り手が、名詞句を述語に関連づけるマッピング手段として「が」を運用している点に注目する。このマッピングは、先行会話環境の文脈に大きく依存し、名詞句と述語の間で多種多様な関連性を想起または暗示させるために利用される。例えば、物語の開始部においては、それまでに話されてきた内容を、これから話されるであろう物語に関連付けたり、終わりの部分ではオチやクライマックスの予告やタイミングを効果的に演出することに寄与し物語のドラマティックな展開を導くこともある。このように、「が」は現れている発話自体をはるかに超えて、会話のより広い範囲に及ぶような相互行為上の役割を果たしていると言える。

招待講演2

  • タイトル:数学と身体性
  • 講師:木村大治(京都大学名誉教授)
  • 発表資料: LCI2021_Kimura
  • 要旨:近年、「身体性」の概念はさまざまな分野で注目されているが、私は、いっけん身体性の対極にあるように思われる数学的思考においても、「身体性と呼びたくなるもの」や、数学的対象をめぐる会話のプロセスが中心的な役割を果たしていると考えている。このことについては、2013年に書いた「数学における身体性」という論文、および最近『数学セミナー』に書いたエッセイ「ファースト・コンタクトと数学」で論じているが、本発表ではそれらを敷衍して、「身体性」概念をどう拡張していくのかについて考えてみたい。

講演1

  • タイトル:接客場面における店員間のチームワーク:リクルートメントの観点から
  • 講師:森本郁代(関西学院大学)
  • 発表資料: LCI2021_Morimoto
  • 要旨:本研究では、2人以上の店員が共同で接客する場面に注目し、彼らのチームワークが、そのつどの文脈と物理的な環境に感応しつつ、どのような言語的、非言語的資源を用いて達成されているのかを検討する。分析の観点として、近年注目されている「リクルートメント(recruitment)」という概念を援用し(Kendrick and Drew, 2016)、接客時の店員同士の手助けの組織化の様相と、そこに見られる彼らの指向に焦点を当てる。

講演2

  • タイトル:長唄三味線の稽古中に師匠が用いる「ね」発話の様相
  • 講師:名塩征史(広島大学)
  • 発表資料: LCI2021_Nashio
  • 要旨:本研究は、師匠と習い手が1対1で向かい合い、互いの演奏が観察可能な状況での同時演奏を基調とする長唄三味線の稽古場面について分析・考察するものである。当該の稽古場面で師匠は、習い手に対する評価や指導を演奏と並行して継時的・場当たり的に行い、不格好でも演奏を継続するよう習い手を促し、自分の演奏から手が離せない状況の中で、演奏のポイントを端的な発話と限られた身体動作によって指導しなければならない。本発表では、このような指導の中で師匠が用いる「ね」発話に焦点を当てる。文末に付与される終助詞の「ね」は、話し手と聞き手の間で情報や判断の一致が前提とされることや、話し手の聞き手に対する協応的態度などを表すとされる。本発表で特に注目するのは、そうした終助詞の「ね」が先行する文を伴わずに単独で発話されるケースである。同時演奏を基調とする込み入った指導の中にあって「ね」発話が師匠のどのような態度を反映し、一連のマルチモーダルな指導の組織化にどのように寄与しているのか。本発表では、実際の稽古場面の観察と分析をもとに、先行研究における知見との整合性も検討しつつ、相互行為を介した技術指導の様相について新たな一考を加える。