第71回LC研究会のお知らせ

第71回LC研の案内です。

第71回LC研究会
日時: 2017年3月30日(木) 17:00〜19:00
場所: 国立情報学研究所1213室
発表者: 岡田智裕(総合研究大学院大学)
題目: まだ語彙化されていない対象物の伝達手法−食べ物関連の手話会話に着目して−

概要

手話には地域差が見られる手話表現があることが報告されている(NHK放送文化調査研究所放送研究部 1988; 大杉 2012)。また、大杉・坊農(2015)では、群馬と奈良で「たまねぎ」「ジャガイモ」「人参」の手話表現の共有の度合が低いと報告している。群馬と奈良、それぞれの食べ物関連の手話表現の共有度が低いということは、その手話表現が地域差というよりは個人差の手話表現であることから、食べ物関連の手話表現がまだ語彙化されていないように読み取れる。ろう者は日常的に手話でやり取りしているにも関わらず、まだ語彙化されていない食べ物の手話表現がある。
では、その語彙化されておらず個人差といえる手話表現がどのような伝達手法で相手に伝えるのであろうか。その伝達手法を探れば、その語彙化されておらず個人差といえる手話表現において主要となる伝達手法が何であるかの解明に結びつくことができる。
手話には、日本語の借用としての指文字や、日本語の発音に伴う口の動きのマウジング、文字を空間に綴る行為の空書(佐々木・渡辺 1984)などの表現モダリティによる伝達手法が挙げられる。また、口の動きにはマウジングだけでなく、手話独自の口型のマウスジェスチャー(岡・赤堀 2011)がある。その伝達手法については、手話表現と日本語由来の表現モダリティ(マウジング、指文字)の組み合わせ、あるいは伝達する対象物の意味に近い手話表現で代替する等の「即興手話表現(Improvisational Signing: ImS)」が提唱されている(坊農 2017)。手話会話における口の動き(マウジングとマウスジェスチャー)では、イギリス手話では51%が、オランダ手話では39%が、スウェーデン手話では57%がマウジングを産出していた上、どの手話もマウジングが最も多かったと報告している(Crasborn et al. 2008)。
本発表では、「日本手話話し言葉コーパス」(Bono et al. 2014)の映像データを用いて、手話会話における伝達手段としてマウジングの活用が重要であるという仮説の検証を試みる。

参考文献
Bono, Mayumi, Kouhei Kikuchi, Paul Cibulka, and Yutaka Osugi. 2014. “A Colloquial Corpus of Japanese Sign Language: Linguistic Resources for Observing Sign Language Conversations.” In LREC 2014, 1898–1904.
坊農真弓. 2017. “手話相互行為における即興手話表現:修復の連鎖の観点から.” 社会言語科学会 19 (2). 印刷中
Crasborn, Onno, Els van der Kooij, Dafydd Waters, Bencie Woll, and Johanna Mesch. 2008. “Frequency Distribution and Spreading Behavior of Different Types of Mouth Actions in Three Sign Languages.” Sign Language and Linguistics 11 (1): 45–67. doi:10.1075/sl.
NHK放送文化調査研究所放送研究部. 1988. “手話地域差調査報告書.”
岡典栄・赤堀仁美. 2011. 文法が基礎からわかる日本手話のしくみ. 大修館書店.
大杉豊. 2012. “日本の手話における語彙共通化現象.” 手話学研究 21: 15–24.
大杉豊・坊農真弓. 2015. “手話人文学の構築に向けて(2) 手話言語コーパスプロジェクト.” In 手話・言語・コミュニケーション No.2, edited by 日本手話研究所, 99–136. 文理閣.
佐々木正人・渡辺章. 1984. “「空書」行動の文化的起源:漢字圏・悲漢字圏との比較.” 教育心理学研究 32 (3): 182–90.